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母子を支える支援者の輪を広げたい!福岡県への視察報告 第2回
こんにちは!認定NPO法人LivEQuality HUB(リブクオリティハブ)です。
前回は、私たちが福岡県を訪れた経緯、そして1日目の訪問先についてご紹介をさせていただきました。今回は、子ども・若者支援に福岡県内で積極的に取り組んでいる2日目の訪問先についてご紹介します。
日本では、様々な事情で親と離れて暮らしている子どもたちが約42,000人(こども家庭庁「(資料集)社会的養育の推進にむけて」)いますが、受入先の多くは、乳児院や児童養護施設等の施設。一時的に子どもを家庭で預かって養育する「里親」制度の里親委託率は23.5%(2023年3月末時点、同上)です。
しかし施設は定員に限りがあり、虐待件数が増え続ける中でも、子どもたちが心身ともに健やかに成長する環境整備は不可欠です。そこで近年「里親」に注目が集まっています。
そうした中で、福岡市の里親委託率は、なんと59.57%(2023年3月末時点、NPO法人子どもNPOセンター福岡「里親養育支援事業 新しい絆プロジェクト」)。全国平均を大きく上回っています。
里親制度普及の立役者の一人である認定NPO法人SOS子どもの村JAPANさんのお話を伺うため、私たちは福岡市を訪れました。
認定NPO法人SOS子どもの村JAPANさん
https://www.sosjapan.org/
当日は、子ども家庭支援センターのセンター長である松﨑さんにお話を伺いました。
SOS子どもの村JAPANさんの一事業である「SOS子どもの村福岡」では、子どもの親代わりとなる里親が数人の子どもたちを受け入れ、家庭的な環境で育てています。子どもたちが安心できるよう、専門的知識を持つ職員がチームとなり里親と子どもの支援にあたっています。
実はこの仕組み自体は、1949年にオーストリアで誕生したもの。現在は世界130以上の国と地域で実践され、子どもに関する世界最大規模のNGO団体として活動されているそうです。
SOS子どもの村JAPANさんの誕生は2005年に遡ります。人口規模に比して乳児院や児童養護施設が少なく、さらに今後も増設が見込めないことから、福岡市の児童相談所と子どもNPOセンターの里親普及支援事業「新たな絆プロジェクト」が開始。里親普及の機運が高まる中、オーストリアのSOSの取り組みを知ったメンバーからの発案で、2006年に開村の検討が始まります。
その後、賛同者集めに奔走する等、様々な活動・検討を経て2010年に開村しました。
現在は、こうした養育プログラムに加え、里親さんによるショートステイや、平日夜間・土日祝日の相談事業も実施しています。
実は私たちにとっても、乳児院や児童養護施設、里親等の「社会的養護」の仕組みは、馴染みが深いものです。というのも、子どもが両親の暴力を見聞きしたり、母親が壮絶な環境下での養育を余儀なくされていたりした場合、児童相談所が介入し、子どもたちの安全を守るために母子が離れ離れで暮らさざるを得ないケースがあるためです。
また、ショートステイも、実家などの親族や友人に頼れないお母さんたちから「育児疲れを回避するために利用したい」という相談を時々いただきます。
多くのニーズがある里親養育。チームでのサポートを通じて、効果的で持続可能な支援が実現できているのだと感じました。

*向かって左から、青木、岡本、センター長松﨑さん、神、藤岡
続いて、私たちは太宰府市に向かいました。
私たちは日頃業務を進める中で、時折「母子生活支援施設」という言葉を耳にすることがあります。母子生活支援施設とは、離婚やDV避難など、様々な理由で困窮状態に陥った母子を保護し、生活の安定に向けた支援をする施設です。
しかし恒久的な住まいではありません。入所期間の目安は大体数年間。退所後は、一般的な賃貸アパートなど、自身で住まいを確保する必要があります。
こうした背景から、母子生活支援施設を退所した母子の支援に力を注ぐため、立ち上がったのが太宰府市で活動しているNPO法人ぎんとももさんです。
NPO法人ぎんとももさん
https://www.gintomomo.site/
事業の背景には、代表の野本さんご自身の体験が原点にあります。実は、野本さんご自身も離婚後しばらく母子生活支援施設で暮らしていました。退所後、施設を離れ、異なる仕事に就いた後も「お世話になった母子生活支援施設に何か還元したい」という思いがずっとあったと言います。その中でも特に気に掛かっていたのが「特定妊婦」。特定妊婦とは、予期せぬ妊娠や貧困など、様々な理由から子育てが難しいことが予想されるため、出産前からの支援が欠かせない妊婦を意味します。
母子生活支援施設では、制度上、単身妊婦の利用が認められておらず、緊急一時保護での入所が原則となっています。しかし、緊急一時保護の場合、外出制限や面会制限、携帯電話を施設に預けなければならないと言った制約があり、利用しづらいのが現状です。また、産前産後支援を実施している施設においても、利用期間が2~6ヶ月であり、退所後の支援が不十分であるということに課題を感じ、2022年にシェアハウスを始めました。
現在は行き場を失った若年女性の一時保護をするケースが最も多いと言います。
私たちの相談窓口にも若年層からの問合せが寄せられることがあり、若年層ならではの支援の難しさを感じることがあります。そうした支援者同士の悩みや、これから巣立つ彼女たちに対して支援者がどこまで関わるべきかなどの支援の境界線について、議論がとても白熱しました。
ぎんとももさんはシェアハウス運営の傍ら、主に不登校の子どもたちが集う居場所拠点も運営されています。その拠点に、シェアハウスに辿り着いた若年女性たちも一緒になって集い、雑談やピクニック、農業体験など、時折交流する場面も生まれているそうです。様々な事情を抱えた子どもたちや女性たちが新たな関係性を築くことでまた一歩を踏み出せる。そうした支え合いの場が持つインパクトを実感しました。

*ぎんとももさんのシェアハウスの一室
福岡県大野城市。現在は約10万人が暮らすまちで、周辺市も含めた筑紫地域と呼ばれる5市まで広げると約40万人が暮らしています。しかしこの地域には、実は、乳児院も児童養護施設もありませんでした。いわば「空白地帯」です。
一方、福岡県は未成年の人工妊娠中絶率が全国ワースト6位(厚生労働省「令和4年度衛生行政報告例」(2022年度))と極めて高い状態にあり、経済的困窮や虐待リスクが高く、支援を必要とする母子が潜在的に多くいるのではないかと推測されます。
こうした背景から社会的養護の空白地帯を埋めるため、2023年4月に大野城市に「こどもと女性包括支援センターhalu」が開設しました。
普段から親しくされているという、ぎんとももさんのご厚意で、私たちはこの日、大神センター長とお会いすることができました。
実は、大神さんはこれまで、福岡市の母子生活支援施設の施設長として産前産後施設の立ち上げなどに奔走されてきました。その中で、産前産後に留まらず、より長期的な支援が必要だと考えたことが立ち上げの背景にあります。
予期せぬ妊娠の相談から出産・育児期まで長く伴走型で支援を続けることで、妊産婦の孤立や虐待を防ぐことが狙いです。
当日は、市の概況についてご説明いただいた後、子どもと女性に関わる支援者にとって重要であり、2024年4月から施行される「改正児童福祉法」や「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」に関する解説もいただきました。
その後、実際のセンターの活動やこれまでの支援での思いもお聞きしました。国の施策など、マクロな動きを想定しながら支援メニューを綿密に組み立てる一方、その中でいかに「断らない支援ができるか」の両輪を考え続ける姿勢が非常に重要であることを痛感しました。

*向かって右後ろから、野本さん(ぎんともも)、岡本、大神さん、山中さん(シングルキッズ株式会社)、森。向かって右前から、松田さん(ぎんともも)、青木、神、藤岡
2日目は、福岡県内を移動しながら、子ども・若者支援の中でも特に「社会的養護」にかかわりの深い3団体にお話をお聞きしました。
最終日の3日目は、居住支援を長く実践されてきた抱樸さんにお話を伺いました。ぜひこちらもご覧ください!